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名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)4197号 判決

原告

堀充徳

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

中津晴弘

豊田愛祥

須藤英章

堀内節郎

角田雅彦

三浦和人

宮嵜良一

渥美裕資

被告

株式会社メイテック

右代表者常勤監査役

水谷元彦

右訴訟代理人弁護士

堤淳一

林光佑

堀龍之

石田茂

石黒保雄

主文

一  被告は、原告堀充徳に対し、金二六〇〇万円及び内金二六〇万円に対する平成八年九月二六日から、内金二六〇万円に対する同年一〇月二六日から、内金二六〇万円に対する同年一一月二六日から、内金二六〇万円に対する同年一二月二六日から、内金二六〇万円に対する平成九年一月二六日から、内金二六〇万円に対する同年二月二六日から、内金二六〇万円に対する同年三月二六日から、内金二六〇万円に対する同年四月二六日から、内金二六〇万円に対する同年五月二六日から、内金二六〇万円に対する同年六月二六日から、それぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告関口啓貴に対し、金一〇三〇万円及び内金一〇三万円に対する平成八年九月二六日から、内金一〇三万円に対する同年一〇月二六日から、内金一〇三万円に対する同年一一月二六日から、内金一〇三万円に対する同年一二月二六日から、内金一〇三万円に対する平成九年一月二六日から、内金一〇三万円に対する同年二月二六日から、内金一〇三万円に対する同年三月二六日から、内金一〇三万円に対する同年四月二六日から、内金一〇三万円に対する同年五月二六日から、内金一〇三万円に対する同年六月二六日から、それぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

一  はじめに

本件は、被告の取締役の地位にあった原告らが、在任中に違法に報酬を減額されたとして、任期中の未払報酬(約定報酬額と既受領報酬額との差額分)の支払いと、これに対するそれぞれの約定支払日の翌日からの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

被告は、これに対して、①取締役会の決議により代表取締役に原告らの報酬の決定を一任し、代表取締役が原告らの報酬の減額決定をした(右の事実は、当事者間に争いがない。)、②報酬の減額について原告らの同意があった、③非常勤取締役になったのに従前の報酬を請求するのは信義衡平ないし信義則に反すると主張し、原告らは、取締役会決議により原告らの報酬の決定を一任された代表取締役による原告らの報酬を減額する旨の決定の効力は無効であるとして争った(原告らは、取締役会による減額決議は無効であると主張するが、右のとおり善解する。)。

二  前提となる事実

以下は、当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により認められる事実である。

1  (当事者等)

(一) 被告は、各種機械の設計開発、電気・電子機器類の設計開発、コンピューターソフトウエアの開発などのための技術者の派遣を主たる業務として昭和四九年に設立された株式会社であり、東京証券取引所第二部及び名古屋証券取引所第二部に株式を上場している。その創業者の訴外関口房朗は、平成八年七月に取締役会において代表取締役の解任決議がなされるまで、代表取締役として実権を有していた(乙四号証)。

(二) 原告堀充徳(以下「原告堀」という。)は、平成七年六月二七日に開催された被告の第二二期定時株主総会において、取締役に選任され、平成八年八月当時、常務取締役西日本営業担当の地位にあった。

原告関口啓貴(以下「原告関口」という。)は、平成八年六月二九日に開催された被告の第二三期定時株主総会において、当該年度の増員により取締役に選任され、平成八年八月当時、取締役新事業開発室担当の地位にあった。

いずれも取締役の任期は、平成九年六月開催予定の第二四期定時株主総会の終結時までであったところ、右の定時株主総会は同年六月二七日に開催され、同日、原告らの取締役の任期は終了した(定款第一八条一、二項甲第一号証)。

2  (原告らの報酬額の決定)

被告の定款においては、取締役の報酬は、株主総会の決議をもってこれを定めるとされており(第二五条 甲第一号証)、平成八年六月二九日に開催された被告の第二三期定時株主総会において、取締役報酬総額の限度額及びその範囲内で取締役会が各取締役の報酬額を決定することが決議され、同日開催された取締役会において、各取締役の報酬月額が定められ、平成八年七月一日から、原告堀には、月額二七〇万円、原告関口には、月額一一三万円の取締役報酬が支給されることになり、同年七月二五日、八月二五日に、それぞれ当該月分の報酬が支払われた。

3  (取締役会における訴外関口房朗の代表取締役解任決議等)

平成八年七月三一日に開催された被告の定例取締役会において、訴外関口房朗について代表取締役を解任する旨の決議が、出席取締役一三名中一〇名の賛成により可決されたが、原告らはこの決議に反対の意思を表明した。

また、右の取締役会において、訴外大槻三男を代表取締役として選任する旨の決議が可決されたが、原告ら及び訴外関口房朗はこの決議に反対の意思を表明した。

4  (原告らの報酬等についての取締役会決議及び代表取締役の報酬減額決定)

同年八月三一日に開催された被告の定例取締役会において、同年九月一日をもって原告堀の常務取締役西日本営業担当の職及び原告関口の新事業開発室担当の職をそれぞれ解き、原告ら及び訴外関口房朗をそれぞれ非常勤取締役とすること及びその報酬の決定を代表取締役大槻三男(以下「代表取締役大槻」という。)に一任することを決議した(乙第一号証)。

同日、代表取締役大槻は原告らの取締役報酬額を九月分からそれぞれ月額一〇万円とすることを決定した。

5  被告は、同年九月一日から任期終了時である平成九年六月二七日までの間の取締役報酬として、平成八年九月二五日から同九年六月二五日まで、毎月末日限り、一〇万円ずつを原告らそれぞれ支払った。

三  争点

1  取締役会決議により原告らの報酬の決定を一任された代表取締役による原告らの報酬を減額する旨の決定の効力(争点1)

(原告らの主張)

取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束する旨の決定をしても、当該取締役が右変更に同意しない限り、右決定は無効であり、当該取締役の報酬請求権は失われない。

(被告の主張)

取締役の報酬には、取締役会の構成員として取締役会に出席して意見を述べ決議に参加すること及び代表取締役の職務執行を監督することの対価として支払われる部分と、これには含まれない特定分野の業務統括責任者としての職務あるいは会社代表者として業務の執行をすべき職務の対価部分とがあり、特定分野の業務を統括する責任者としての地位を有する取締役及び会社の代表者として業務の執行をすべき取締役には、かかる地位を有しない取締役に比して多額の報酬が支払われるのが通常である。

原告らは、右の慣行を知りながら被告の取締役に就任したものであり、任期中に常勤取締役から非常勤取締役に職務内容が変更され、あるいは特定分野の業務を統括する責任者としての地位を喪失したときには、特定分野の業務を統括する責任者としての地位を有する常勤取締役に支払われる報酬に比して著しく低額の報酬に減額されることを予め予想し、それを了解していたのであるから、減額の決定は無効ではない。

2  取締役報酬の減額について、原告らの同意があったか(争点2)

(被告の主張)

原告らは、取締役報酬の減額に同意した。

すなわち、平成八年八月二三日に開催された取締役会において、原告らを非常勤取締役に降格し、報酬額の決定を代表取締役大槻に一任する旨の決議がなされ、これを受けて、代表取締役大槻は原告らの取締役報酬をそれぞれ月額一〇万円とする旨決定したが、その後、代表取締役大槻は、原告らと個別に面談し、非常勤取締役の報酬を月額一〇万円と決定したこと、自ら取締役を辞任するのであれば、被告の「相談役・特別顧問に関する内規」に基づいて顧問を委嘱し、退任時の取締役報酬の半額を支給するが、どちらを選択するかの返事を求めたところ、原告らはいずれも取締役に残る旨の回答をしたものであり、報酬の減額について同意をしたと評価できる。

(原告らの主張)

否認する。

原告関口は、代表取締役大槻との面談の際、考えさせて欲しいと述べたにすぎない。

原告堀は、代表取締役大槻との面談の際、返答や対応はせず、退席した。

3  原告らの本訴請求は、信義衡平ないし信義則に反するか(争点3)。

(被告の主張)

取締役に支払われる報酬は、当該取締役に課された職務に対する対価の性質を有するところ、原告らは、いずれも特定の業務分野を統括する常勤取締役の職務を解かれ、取締役会に参加するだけの非常勤取締役に職務を変更されたものであり、かかる職務の著しい変更に伴って報酬が減額されたことは合理性を有するところ、原告らは非常勤取締役になった後も、我が国における会社の全産業・全規模平均の非常勤取締役の報酬額(年二九一万円)に比して、それぞれ一一倍及び4.6倍を上回る高額にあたる従前の報酬額を前提に請求しており、かかる過大な請求は信義衡平ないし信義則に反する。

(原告らの主張)

本件の職務内容の変更は、会社の通常の業務の都合によるものではなく、役員人事に絡んだ報復あるいは反対派排除のための措置であり、信義則違反の主張の援用の前提に欠ける。また、取締役の報酬額の定めが当事者を拘束する期間は最長でも取締役の任期である二年間であり、その間に取締役の職務内容の変更が生ずる可能性を予定すべきであることを考慮すると、職務内容に変更がある場合に従前の額の報酬を請求することが信義則に反するとはいえない。さらに、取締役の職務内容が変更され、業務の量に変更が生じたとしても、取締役会を通じて、代表取締役等の職務の執行の適正を確保するという取締役の職務と責任が免ぜられるわけではないから、従前の額の報酬を請求することが信義則に反するとはいえない。

第三  争点に対する判断

一  証拠(甲第一、二、三、五、六号証、乙第一、二、四、五号証、原告堀及び原告関口の本人各尋問の結果、証人西本の証言)及び弁論の全趣旨によれば、前記第二・二(前提となる事実)のほかに、以下の事実が認められる。

1  平成八年八月九日、被告の代表取締役大槻、専務取締役西本甲介(以下「専務取締役西本」という。)らが出席した常務会において、原告関口について、担当部署をなくし、常勤取締役から非常勤取締役に降格する旨の基本方針が決定され、その後、代表取締役大槻及び専務取締役西本は、原告関口と面談して、非常勤取締役に降格が内定したこと、その場合には報酬は減額になること(なお、具体的な金額は示されなかった。)、取締役の職を辞して、顧問になる道もあり、その場合には一年間は内規によって取締役の報酬の半額程度の報酬になる旨説明したが、原告関口は、考えさせて欲しいと返事した。

2  同年八月二三日、被告の取締役会において、原告らの担当部署をなくして非常勤取締役にし、報酬については代表取締役大槻に一任する旨の決議をした際(前記第二・二(前提となる事実)4)、原告らは反対の意思を表明した。その場で、原告堀は、非常勤取締役に降格される理由についての説明を求め、専務取締役西本から新体制のもとで取締役の任に堪えられないとの説明がなされた。

3  取締役会終了後、代表取締役大槻は、原告らの報酬を月額一〇万円と決定し、専務取締役西本とともに、訴外関口房朗、原告関口、原告堀の順で個別に面談した。

その際、原告関口は、代表取締役大槻から、「取締役(非常勤)の処遇について」と題する書類(甲第三号証)を示されて、非常勤取締役の報酬は月額一〇万円になること、取締役を辞任して顧問になれば、「取締役・特別顧問についての内規」に基づいて一年間従前の報酬の半額を支払う旨説明を受け、取締役として残るか、取締役を辞任して顧問になるかの選択を求められた。

4  原告堀は、右の面談の際に、代表取締役大槻から、「取締役(非常勤)の処遇について」と題する書類(甲第二号証)を示されて、非常勤取締役としての報酬は月額一〇万円になること、取締役を辞任して顧問になれば、内規に基づいて一年間従前の報酬の半額を支払う旨説明を受け、取締役として残るか、取締役を辞任して顧問になるかの選択を求められた。その際、原告堀は、非常勤取締役に降格される理由についての説明を再度求めた。

5  被告においては、平成八年八月二三日の取締役会決議以前において非常勤取締役という役職は置かれていなかった。

また、被告の定款には、取締役会の決議により、取締役社長一名のほか、必要に応じ、取締役会長、取締役副社長、専務取締役、常務取締役各若干名を選任することができる旨の規定がある(定款第一九条 甲第一号証)。

二  原告らの減額決定についての同意の有無について(争点2)

前記一34に記載のとおり、原告らは、平成八年八月二三日の取締役会決議及び報酬減額の決定の直後に、代表取締役大槻及び専務取締役西本と個別に面談した際、非常勤取締役としての報酬が月額一〇万円であること、取締役を辞めて顧問になる場合には、一年間従前の報酬の半額を支払う旨の説明を受けたが、そこで非常勤取締役として残るか取締役を辞めて顧問になるかの選択を求められたというのであり、非常勤取締役になると月額一〇万円になるがそれでよいかとの承諾、すなわち非常勤取締役になることを前提として報酬額という契約内容についての同意を求められたわけではない。

そして、原告らの応答態度については、証人西本甲介は、原告らはいずれも、取締役として残る旨回答したと証言するが、一方、原告堀は、何ら回答をしないで席を立って退出した、原告関口は、考えさせて欲しいと回答したとそれぞれ尋問において供述しており、取締役として残る旨の意思を明示したかどうかは、証拠上必ずしも明らかではない。

しかも、前記第二・二(前提となる事実)に記載の原告らが非常勤取締役に降格されるまでの経緯及び前記一2記載の面談の直前になされた取締役会決議がなされた際の原告らの対応等に鑑みると、原告らにとっては報酬の額よりむしろ取締役にとどまるか否かのほうが重要な関心事であったことが窺われ、このような状況のもとでは、原告らは取締役として残る旨回答したという証人西本の証言を採用したとしても、原告らが取締役の報酬を月額一〇万円の報酬に減額されることについて同意したとはいまだ認めることはできない。

三  取締役会決議により原告らの報酬の決定を一任された代表取締役による原告らの報酬を減額する旨の決定の効力(争点1について)

株式会社において、定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合も含む。)によって取締役の報酬が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役との間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束することになる。そうすると、取締役会あるいは取締役会によって一任された代表取締役によって当該取締役の報酬を減額する旨の決議あるいは決定がなされたとしても、当該取締役がこれに同意しないかぎり、右報酬の請求権を失うものではなく、この理は、取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に減額決議ないし減額決定がなされた場合であっても異ならないと解するのが相当である(最高裁平成四年一二月一八日第二小法廷判決、民集四六巻九号三〇〇六頁参照)。

これを、本件についてみると、前記第二・二(前提となる事実)3に記載したとおり、被告においては、その定款に取締役の報酬は株主総会の決定をもって定める旨の規定があり、株主総会の決議によって取締役報酬の限度額が定められ、取締役会において各取締役に毎月定額の報酬を支払う旨の決議がされ、その決議に従って原告らに毎月二五日限り定額の報酬が支払われており、その額は、平成八年八月当時、原告堀について、月額二七〇万円、原告関口について、月額一一三万円であったことが認められる。

そして、前記第二・二(前提となる事実)4に記載したとおり、被告の取締役会は原告らの職務の内容をいずれも常勤取締役から非常勤取締役に変更したうえ代表取締役大槻に原告らの報酬の決定を一任する旨の決議をし、代表取締役大槻は、原告らについて、それぞれ月額一〇万円とする旨の決定をしたが、前記二に認定したとおり、原告らはこれに同意していたとは認められない。

また、被告においては、前記一5記載のとおり、非常勤取締役という役職は、平成八年八月三一日の取締役会で設置されたもので従前は置かれておらず、定款においても非常勤取締役という役職は特に予定されていないことに鑑みると、本件の報酬の減額についての事前の包括的な了解ないし同意があったとも認められない。

そうすると、被告の取締役会によって一任された代表取締役によって原告らの報酬を減額する旨決定されたとしても、右決定は無効であり、原告らがその任期中の報酬の請求権を失うことはないというべきである。

四  原告らの本訴請求は、信義衡平ないし信義則に反するか(争点3)

たしかに、取締役の報酬も職務の対価であるから、取締役としての職務内容が変更された場合には、それに応じて報酬額を変動させることが合理的な場合もあろうが、それはあくまで当該会社の職務内容との関係で検討されるものであり、全産業・全規模平均の非常勤取締役の報酬水準と比較することに合理性があるかどうかは疑問であること、そもそも前記三記載のとおり、取締役の報酬について会社と当該取締役との間の契約内容となっている取締役の報酬額を減額することができるとするためには、合理的であるというだけでなく、別の根拠、すなわち当該取締役の同意が必要であるところ、本件では右の同意があるとは認められないこと、取締役の報酬額の定めが当事者を拘束するのは最長でも取締役の任期の二年であり、それほど長期であるとはいえず、その間の取締役の職務内容の変更の可能性は、会社としては当然に予想すべきものであること、非常勤取締役になったとしても、取締役としての取締役会を通じて職務の適正を確保するという責任(商法二六〇条一項参照)を免れるわけではないことを考慮すると、本件における報酬の請求が信義衡平ないしは信義則に反するということはできない。

五  以上によれば、原告らの、平成八年九月一日から任期終了時である平成九年六月二七日までの間についての未払報酬請求及び毎月の約定支払日の翌日から各支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の請求権は理由がある。

そうすると、原告らの請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判官土谷裕子)

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